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時計店主の独り言

  • 2012/02/19(日) 03:17:52


時計という機械の寿命は永い・・・

手入れさえしていれば100年、いや200年でも。

                      P1010006_07.jpg

 

その時計の永い歴史の中途から、その修理に関わり曲がりなりにも45年余。修理に持ち込まれた柱時計の文字盤の裏を見て、はっと
することがある。

そこに修理を終え記した、40年も前の自分のサインを見つけるの
です。

二十歳の自分の痕跡をそこに見るのです。

P1010002_07.jpg  P1010012_08.jpg

 

アルバムの古い写真をめくっても、二十歳の頃の自分がそこに写っているだけで特に感慨はないのに、時計の文字盤の裏に記された
自分のサインは、生身の二十歳の自分をそこに現出させ、心の動揺を呼び覚ますのです。

アルバムの写真は、いつの時もすぐ身の周りにあり、長い年月を
一刻々、共に過ごしてきたものです。

ところが文字盤の裏の自分のサインは、まるでタイムカプセルの
ように
40年の時の空白を一挙にとび越え、突然目の前に現れるの
です。

P3290213.jpg
 

すぐ目の前に、時計を修理している生々しい二十歳の自分がいる・・・

手を伸ばせば届くほどなのに・・・

二人の自分の間には気の遠くなるほどに深い、越えることのできない時の落ち込みがある。

40年後の今、老いに抗っている身としては、過ぎ去った時間の決定的な証拠を突きつけられたようで、何とも心が騒いで仕方がなくなるのです。

P1260011.jpg
   

時計という時間の経過を数える機械に関わってきた自分。

時計の円い歯車の歯は、1回転してまた元のところに戻ってくる。

でも・・・

人生という時計の歯車は一直線状に延ばされ、過ぎ去った歯は二度と戻ってはこない。

そしていずれ途切れる時が来る。

時計が止まる・・・

そして、この時計を再び動かせる職人はいないのです。

 

ひるがえって世界には、こんな風にただ漠然と自分のことを考える
安穏な時間を持つことを許されない人々もいる。

自分から過ぎて行った時間を想いそしてまた明日のことを考える、
誰もが、そんな平穏な今を全うできる世界が来ることを・・・

去年の経験からやがて1年、特に願うものです。


 
 

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